女性&動物すきの日記

認識確度の漸近線的向上

03-19 09:39

別に「デカルト劇場」でも「ヴィトゲンシュタイン劇場」でも結構なんですがね…

どちらにせよ、僕はド素人ですので思いつくまま気の向くままに書かせていただきます。

認識の基礎的公準についてのお話なんですが。僕はそれについて語られる文章の殆どが「直接的・卑近な人間の感性」という水準での現象に着目することから出発しています。他に例外があるでしょうか?それはいいとして、次の段階に「それを基礎として、論理的確度を上げるために他の自然現象と関連付ける」というプロセスを経ないことにいつも違和感を覚えていたものです。

ダゲレオタイプを例にとりましょう。この原初的写真技術は1830年代に開発されたものですが、人間の感性的水準において獲得された像と同一の像が硫化銀を塗布した銅板上になぜ表れるのか?ということに一切言及しないということを言っているのです…自然現象にも「人間的な」、つまりデカルト劇場のような回路が初めから設置されているのかという疑問です(爆笑)逆の言い方をすれば、いつまで経っても人間的認識を基盤とする論理の進め方から逸脱できなくて結局は不可知論的結論に辿り着くことを僕なりに「ヴィトゲンシュタイン劇場」という造語で表現してみたつもりなんですが。

ダゲレオタイプ以降、物理的写像技術のメディアは飛躍的に発展しました。現在の酸窒化物蛍光体による写像現象に至るまで、様々な自然現象を利用した自然物の写像・投影技術が実現化しています。題名の「認識確度の向上」とは、この歴史的プロセスによる自然物の写像現象の積み重ね、つまり技術プロセスの積み重ねこそが漸近線として人間の感性的水準での認識の確かさを近似値として保証するものではないか、ということを言いたいのです。

我々の生活にとって「円周率」の存在は絶対に欠かせませんが、それ自体は無理数です。誰も最終的に決定された値を持つことはできません。同様に我々の認識論的基礎として、こうした歴史的な技術上のプロセスを論拠とした漸近法的接近が必要ではないか…そんな風に思いました。

以上はいま話題の哲学者であるマルクス・ガブリエルさんの「私は脳ではない」を読んだ感想です。

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